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2012年9月20日 (木)

『走ることについて語るときに僕の語ること』

『走ることについて語るときに僕の語ること』 村上 春樹 

この本は、マラソンランナーでトライアスリートでもある著者が、ランナーとして、走ることについてのあれこれを記したものだ。
ランナーではない人が読んでも(たとえ熱心な村上春樹ファンだったとしても)、まったく面白くないんじゃないかと思う。
でも走ることを趣味としている人には、とても興味深く、頷きながら、あるいはなるほどと感心しながら読めると思う。

「与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることのメタファーでもあるのだ。」 P.123

「やるだけの価値のあることには、熱心にやるだけの価値がある。」 P.149

「ゴールインすること、歩かないこと、それからレースを楽しむこと。この三つが、順番どおりに僕の目標になる。」 P.194

「苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見出すことができるのだ。」 P.251

「本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ」 P.252

後書きに、こんなことが書かれていた。
「毎朝ジョギングをしているときに、一人の素敵な若い女性とよくすれ違った。・・・・・・毎朝のように彼女と顔を合わせるのは、その頃の僕のささやかな喜びのひとつだった。少しくらいそういう喜びがなかったら、なかなか毎朝は走れない。」
やっぱりそうだよなぁ。

Photo_2 
『走ることについて語るときに僕の語ること』 村上 春樹 著 文春文庫

そういえば、今年の箱根駅伝のTV中継の中で放送されたサッポロビールのCMに、本書の文章を書き直したものが使われていた。
全4話、様々なシーンで走るランナーの映像と、仲間由紀恵さんの語り。
ランナーだけでなく、東日本大震災以降も前進し続けている日本の人々に向けて制作されたそうだ。
WEBでも期限付きで公開されていたが、今はもう見られないので文章だけ。

【第1話】
痛みは避けられない。
でも苦しみは自分次第だ。
あるときそんな言葉を覚えた。
そして、長距離レースを走るたびに、頭の中でその文句を繰り返すようになった。
きついのは当たり前。
でも、それをどんな風に苦しむかは自分で選び取れる。
“Suffering is optional.”
へこたれるも、へこたれないも、こちら次第。
苦しいというのはつまり、僕らがオプションを手にしているということなんだ。

【第2話】
僕やあなたのような普通のランナーにとって、レースで勝ったか負けたか、そんなのはたいした問題じゃない。
自分の掲げた基準をクリアできたかどうか、それが何よりも重要になる。
判断は、あなた自身に委ねられている。
自分の中でしか納得できないものごとのために、
他人にはうまく説明できないものごとのために。
永い時間性をとってしかあらわせないものごとのために。
僕らはひたすら走り、またこうして小説を書く。

【第3話】
やっとゴールのマラトン村にたどり着く。
炎天下の42kmを走り終えた達成感なんてどこにもない。
頭にあるのは、あぁもうこれ以上走らなくてもいいんだ、ということだけ。
村のカフェで一息つき、冷えたビールを心ゆくまで飲む。
ビールはもちろん美味い。
でも、僕が走りながら切々と想像していたビールほど美味くはない。
正気を失った人間の抱く幻想くらい美しいものは、この現実世界のどこにも存在しない。

【第4話】
走っている時に頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。
いろんな形の、いろんな大きさの雲。
それらは、やって来ては去っていく。
でも、空はあくまで空のままだ。
雲はただの客人にすぎない。
通り過ぎ、消えていくものだ。
暑い日には、暑さについて考える。
寒い日には、寒さについて考える。
辛いことがあった日には、いつもより少し長く、少しきつく、一周余分に走ることにしている。
そして、後にただ空だけを残す。

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